インコネルの特性を踏まえた金属3Dプリンターの活用例や注意点を解説

金属3Dプリンターでインコネルの造形を検討している技術者にとって、どの種類が適しているのか、どんなメリットや注意点があるのかは押さえておきたいポイントです。
金属積層造形(以下、金属AM)は複雑形状の一体成形や軽量化に強みがありますが、造形中のクラックリスクや後加工コストなど、設計・製造上の配慮も欠かせません。
本記事では、造形に向く材質グレードや金属AMならではのメリット、造形する際の注意点をまとめています。
目次
インコネル(Inconel)とは、耐熱性・耐食性に優れたニッケル合金
インコネル(Inconel)はニッケルを主成分とした合金で、高温強度や耐食性に優れていることが特徴です。ここでは、インコネルの特徴や種類に関しての概要を解説します。
インコネルの特徴
インコネルはニッケル(Ni)化学組成を主とする合金で、高い耐熱温度および耐食性に優れていることが特徴です。高温下でも高い引張強度とクリープ耐性を維持し、酸化や腐食に対する抵抗力が非常に高いことが、耐熱温度と耐食性の高さを有する要因となっています。
インコネルの種類と用途
インコネルの種類と用途は以下の通りです。
| グレード | 特長 | 主な用途例 |
|---|---|---|
| Inconel 600 | 高温酸化に強く、耐腐食性も良好 | ヒーター部品、炉部材 |
| Inconel 601 | 600より高温酸化に強く、機械的強度も高い | 工業炉、熱処理装置 |
| Inconel 625 | 耐腐食性が高く、加工性・溶接性に優れる | 化学プラント配管、海洋構造物 |
| Inconel 690 | 高クロム含有で応力腐食割れに強い | 原子力発電所の蒸気発生器 |
| Inconel X-750 | γ′析出強化型、耐クリープ性に優れる | スプリング、タービン部品 |
| Inconel 706 | 718に似るが、溶接後の割れが少ない | 大型構造部品、溶接構造物 |
| Inconel 718 | 高い降伏耐力(耐力)と高温強度 | 航空機エンジン、ロケットコンポーネント |
これらのグレードは、製造物それぞれの用途に応じて選定されます。高温下でも性能を維持できる素材を求める場面では、インコネルは有力な選択肢となるでしょう。
インコネルとハステロイとの違いは?
ハステロイ(Hastelloy)もニッケル基合金ですが、主に耐腐食性に特化した材料です。下表で両者の違いを比較します。
| 比較項目 | インコネル | ハステロイ |
|---|---|---|
| 主成分 | Ni, Cr, Mo, Nb(625)/Ni, Fe, Cr(718) | Ni, Mo, Cr(C-276など) |
| 耐熱温度 | 高い(最大700℃以上) | 中程度(500〜600℃程度) |
| 耐腐食性 | 高温下でも優れる(625) | 酸・塩素環境に特化 |
| 機械的強度 | 高温でも高い(718) | 一般的に中程度 |
| 用途 | 航空宇宙、原子力、モータースポーツ | 化学プラント、排煙脱硫装置 |
| 金属AM適性 | LPBF・DEDで造形可能 | 一部グレードは対応可能だが限定的 |
インコネルは高温環境下での強度維持が求められる部品に最適であり、ハステロイは腐食性流体や酸性雰囲気での耐久性が重視される場面で選定されます。金属AMにおいては、インコネルの方がより多くのグレードでの造形実績があり、複数の造形方式との相性が良好です。
金属3Dプリンターで造形しやすいインコネルの種類
インコネルの中でも金属AMへの「向き不向き」があり、材質選定の際は配慮が必要です。
そこで金属AMへの適正を判断する要素と、造形に向いているインコネル625およびインコネル718について解説します。
インコネルの金属AM適正を決める要素
インコネルの中から金属AM適正のあるグレードを選ぶには、「造形性の高さ」と「入手性」が判断材料になります。ここでは、インコネル625とインコネル718の造形性および入手性に関してみていきます。
造形性の高さ
体表的な造形方式である「レーザー粉末床溶融結合方式:LPBF」において、インコネル625およびインコネル718は造形性の高い材料といえます。その理由は下表のとおりです。
| 評価項目 | インコネル625 | インコネル718 |
|---|---|---|
| 溶融時の割れにくさ | ○ | ○ |
| 粉末材料の流動性 | ○ | ○ |
| 粉末材料の球形度 | ○ | ○ |
インコネル625およびインコネル718は、両者とも溶融・凝固時の高温割れに強い材料です。粉末材料を溶融・焼結して成形していくLPBF方式にとって、「溶融時の割れにくさ」は造形性の良さに直結します。加えて粉末材料の流動性や球形度も良好で、造形性を妨げません。
このためインコネル625およびインコネル718、造形の安定化が可能になっています。
金属3Dプリンターで用いられる金属粉末についての解説は、こちらもご覧ください。
材料の入手性の良さ
複数の材料メーカーが金属AM用の粉末を製造・販売しているため、インコネル625およびインコネル718は入手性も良好です。
このように、造形性の高さと入手性の良さを満たすことから、インコネル625と718は金属AMでよく採用されるニッケル合金となっています。
インコネル625(Inconel 625)
インコネル625は、ニッケル・クロム・モリブデン・ニオブを主成分とする固溶強化型合金です。これらの成分を組み合せることで、インコネル625は酸性環境・海水・塩素雰囲気に対して高い耐食性を有します。さらに、インコネルの中では加工性・溶接性にも優れ、製造面でも扱いやすいことが特徴です。一方で、高温強度はインコネル718よりもやや劣ります。
このような特性を活かし、インコネル625は化学プラントの配管やバルブ、海洋構造物など、腐食環境下で採用されます。比較的扱いやすく耐食性の高いとして、厳しい環境条件が要求される分野で信頼性の高い選択肢といえるでしょう。
インコネル718(Inconel 718)
インコネル718は、ニッケル・鉄・クロムを主成分とする析出強化型合金です。650〜700℃の高温環境下でも高い機械的強度を維持できるのが特筆すべき点です。γ″およびγ′相による析出強化により、クリープ耐性や疲労強度にも優れています。
溶接性が良好であることから、航空機エンジン部品やタービンディスクなどの構造部材に広く使用されており、AM造形にも適した材料として注目されています。造形後の熱処理によって強度を引き出すことができるため、設計自由度と性能の両立が可能です。
インコネルを金属3Dプリンターで造形するメリット
インコネル部品の製造に金属3Dプリンターを用いることには、他工法では実現できないメリットがあります。ここでは、インコネルならではの例を交えながら解説していきます。
複雑形状の一体成形が可能
金属AMによって複雑形状を一体化できます。一体造形することのメリットは以下の通りです。
- 溶接レスで一体化でき、配管や真空部のリークリスクを低減可能
- 溶接部削減により、高温時の信頼性向上が期待できる
- 部品点数が減り、組立工程を削減可能
インコネルを金属積層造形で一体成形することで、高温環境下の信頼性と気密性を高めながら、構造の合理化と製造リードタイム短縮を実現できます。
空洞など、従来工法では難しい形状を実現可能
積層造形に最適化された設計手法であるDfAM(Design for Additive Manufacturing)をインコネルに適用することで、従来工法では得られない「高温環境向けの軽量・高機能部品」を実現できます。
なぜならDfAMの適用によって、トポロジー最適化や内部空洞の設計を通じて、インコネルの特性を引き出せるからです。
たとえばトポロジー最適化による強度を維持したままの軽量化や、複雑な冷却チャネル(空洞)を内部に持つ金型部品の設計・製造などへの応用が期待されています。
このようにインコネルとDfAMを組み合わせることで、「高温・高負荷環境での信頼性を確保しながら、軽量かつ高機能な部品を設計・製造する」という、従来では難しかった要求に応えることが可能になります。
従来工法よりもコストダウンできる可能性がある
インコネル部品に積層造形を適用することで、従来工法のみでの製造よりもコストダウンできる可能性があります。具体的な理由は以下の通りです。
材料費の低減
積層造形を用いることで、材料使用量の最適化を図れます。積層造形は必要な部分にのみ材料を堆積させる工法なので、材料歩留まりを向上でき、材料費を低減できる可能性があるからです。インコネルのように高単価な材料においては特に、「材料の歩留まりを改善すること」が全体コストへ与える影響を無視できません。
なお設計の工夫やDfAMの適用で、材料歩留まりをよりいっそう改善させることも期待できるでしょう。
加工費の低減
インコネルは、高い硬度と強度から難削材として知られており、機械加工の時間とコストを要します。
金属AMを活用することで完成品に近い形状で製作でき、機械加工の工数やコストを抑えられる可能性があります。金属AMの活用は、複雑な形状になるほど効果的です。
金型製作費の抑制
積層造形は金型を必要としない製造方法ですので、金型製作にかかる費用を抑えられます。量産前の試作や多品種少量生産において、積層造形の良さが活きるでしょう。
インコネルの造形費用を詳しく確認したい場合は、見積もりの取得が必要です。
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インコネルを金属3Dプリンターで造形する際の注意点
金属3Dプリンターでインコネルを造形する際には、注意点も存在します。金属AMでの製造を成功させるためには、メリットだけでなく注意点も把握することが必要です。
クラックリスクへの対応
インコネルは熱膨張係数が大きく・熱伝導率が低いため、肉厚造形において、造形後の冷却過程で表層部と内部で温度差が生じます。その為、表層は冷えて固まるため収縮(引張)、内部は温度が高い為膨張(圧縮)の力が働き、その差が大きいほど変形やクラックが生じる懸念が高まるため、肉厚造形では注意が必要です。ステンレスやアルミでは問題なくても、インコネルでは失敗する事例は珍しくありません。
クラックの予防には、以下の対策が有効です。
- サポート設計の最適化
- 適切な材料管理
- 造形パラメーターの最適化
インコネルの造形を失敗しないためには、上記の造形ノウハウが必要です。
なおクラックの原因と対策は、金属積層造形における「クラック」のメカニズムで解説しています。
後加工の要否とコスト
インコネルで造形する際は、造形後の加工要否やコストへの配慮も必要です。インコネルは難削材なので、ステンレスやアルミよりも多くの時間とコストを後加工に要する可能性があります。予め認識しておき、余裕を持った製造を行いましょう。
なお後加工を最小限にするためには、「サポート材が不要な形状設計」や「面仕上げの最小化」など、設計段階での工夫が有効です。
粉末材料の管理
造形に用いるインコネル粉末を扱う際は、法令に基づいた安全衛生管理の実施が必須です。
インコネルはニッケルを主成分とするため、労働安全衛生法施行令で「ニッケル化合物(ニッケルカルボニルを除き。粉状の物に限る)」として第二類物質に分類され、特定の管理措置が求められています。
具体的な内容は次の通りです。
- 作業主任者の専任
- 作業環境測定
- 健康診断の実施
インコネル粉末での造形に取り組む際は、これらの法令対応を実施することが不可欠です。そのためこのように専門的な管理が必要な材料については、既に体制が整った造形サービス事業者に委託することも有効な選択肢といえるでしょう。
インコネルの造形に用いられる金属3Dプリンターの方式
インコネル造形に用いられる金属3Dプリンターの主な方式を紹介します。それぞれの造形方式の特徴を理解し、適切な手段を選択してください。
材料押出積層方式(MEX)
材料押出積層方式(MEX)は、熱溶解積層方式の一種で、熱可塑性樹脂と金属粉末を混ぜた素材を押し出す方法です。安全性は高いですが、造形後にバインダーを除去するための脱脂・焼結の熱処理工程が必要となります。また、造形物の密度が上がりにくいというデメリットも指摘されています。
指向性エネルギー堆積方式(DED)
レーザーメタルとも呼ばれる指向性エネルギー堆積方式(DED)は、材料粉末とレーザーまたは電子ビームを造形部分に同時に照射し、溶融・積層します。短い時間で製作でき、一部欠損した金属部品の補修にも適しています。
レーザー粉末床溶融結合方式(LPBF)
レーザー粉末床溶融結合方式(LPBF)は、 パウダーベッド方式(PBF)の一種です。リコーターで敷き詰められた金属粉末にレーザービームを照射し、溶融・凝固させ積層します。精度が高い造形物の製作が可能ですが、造形に時間がかかるというデメリットがあります。
金属3Dプリンターで製造できるインコネル製品の例
インコネルと金属AMを組み合わせることで、材料特性と造形方法のメリットを活かした部品の製造が可能になっています。
航空宇宙分野での活用事例
ロケットコンポーネントやジェットエンジンの燃料噴射ノズル、タービンブレードなど、高温・高圧にさらされる金属パーツの製造にインコネルの造形は欠かせません。
たとえばGEエアロスペース社は、LEAPエンジンやGE9Xエンジンの主要部品の製造に金属3Dプリンターを活用している事例があります。
モータースポーツ分野での軽量化事例
軽量かつ高強度の部品が求められるモータースポーツ分野では、トポロジー最適化を適用した軽量化設計が活用されています。
DfAMによる軽量化設計と一体成形をインコネルに適用できることで、性能向上に貢献しています。
エネルギー産業における耐熱部品の製造
金属AMを活用することで、原子力発電や石油化学プラントなどの過酷な環境下に耐えうるインコネルパーツを効率よく設計・製造可能です。
鋳造・鍛造・切削では実現が難しい「複雑な内部流路」を一体造形することで、熱交換器などの熱効率を向上できます。金属AMのメリットをさらに活かすために、ラティス構造(格子)やポーラス構造(多孔質)を活用した熱マネジメントニーズへの対応も進められています。
まとめ:金属3Dプリンターでインコネルをさらに活かせる
インコネルは高温強度・耐食性に優れたニッケル基合金で、航空宇宙やエネルギー産業などでの採用が進んでいます。インコネルを金属3Dプリンターと組み合わせで、複雑形状の一体成形や軽量化設計へのアプローチが可能になります。一方で、クラック対策や粉末の安全管理が必要です。
金属3Dプリントサービスを手掛けるJAMPTは、粉末開発・製造から造形、評価・分析までをワンストップで対応しております。インコネルの造形実績も豊富で、DfAMの考え方に基づいた形状提案や造形パラメータの最適化にもお応えできます。
インコネルの造形をご検討されている方は、お問合せフォームよりお気軽にお問合せください。


